意識の理論メモ(1)

ようやく、意識の新理論のフレームが見えてきた。

あとは、わかりやすく図解し、プレゼンテーションを作ることだ。用語辞書もいる。もちろん英訳も?

簡単に言うと、フロイドの意識と無意識の三角形はまっ逆さまだった。

上が霊界(量子の世界=宇宙の流れの次元)で下が現実世界なのだ。

人間とは、霊界(量子の世界)と現実世界を縦断する存在であり。自己は現実世界に属し、超自己は霊界に属する。重要なのは自己と超自己のパイプであり、超自己と守護霊の対話だ。

図解は完成度の高いものを考えている。宇宙とは、生命とは、を説明する理論でもあり、制御可能要素と制御不可能要素という分類もできる。

問題となるのは以下の3点だろう。

1.超自己(古い脳)と自己(新しい脳、一般的には意識)のパイプが希薄になるか切断されてしまっていること。

2.超自己と守護霊とのパイプが無いか、欠けているか、希薄であること。

3.超自己と自己の間に対立があること。齟齬があること。

 あまり丁寧にやると千年かかるので、せめて1年以内には完成させたい。

超自己対話法は、この意識の理論に沿ったメソッドとして実践を続ける。

短いですが、今日はここまでで。

 

 

旅の過程

昨日は不眠で躁転の危機だったが、素早い通院と絶妙の処方で切り抜けた。

さて、興奮した原因は守護霊と超自己そして自己の関係をめぐる超自己対話法の理論構築に向けて、ある方の自己一致と自己客体化をめぐる問題を扱ったブログに刺激されたためだ。そのうち、完成したら図解して説明出来る。

乗り切れた要因は、チョプラの第3の原理のスートラの一節でもあった。

目的地ではなく、旅の過程に意識を集中していると思いなさい。

(すべての願望は自然に叶う-迷った時は運命を信じなさい。ディーパック・チョプラ著、住友進訳。p.189)

初めて読むわけでもないし、同じことを他の人も言っている。だが、昨日は特に響いた。

超自己(フロイドの超自我とは別概念。霊としての自己の意)と守護霊との対話を続けていたが、自己(実態としての物理的自分)が、超自己の意思に従えないという問題が生じたのが発端だ。ここでは、超自己と自己があたあかも親友のような関係を築くことが重要になる。それは、自己一致ではなく、自己客体化なのではないのか。そんなことを考えた。

さあ、今も旅の過程。これから朝風呂に入る。

アンダードッグとトップドッグ

超自己対話法を続けている。しかし、超自己と守護霊の対話はともかく、自己が超自己の言うことを聞かない。聞けないという問題が生じた。

これは、ゲシュタルト療法の祖、パールズが言っていた超自己(トップドッグ)と、自己(アンダードッグ)の対立に似ていないか。

昨日も、0時には横になれといわれたのに、0時40分に起き上がってしまった。

結局、超自己対話法の目標は自己と超自己の一致ではないのか。それが意識の次元を上げるということではないのか。簡単に言えば自己一致か。

Energy flowの復活だ。

超自己対話法の完成には、1年はかかると見積もっている。還暦まで、あと3年。なんとか還暦までに復活する。そう決めたのだ。

当分このブログは、Energy flowが続くと思う。中断していたチョプラのレッスンも再開する。それは守護霊と超自己の約束だから。

外部に作品を作るのではない。私が作品なのだ。マスターを目指す。今度こそは。

 

 

文学を封印しようか

燃え上がる情熱のカードが出た。
情熱の対象は「超自己対話法」だ。
サイキックタロットと例のブログで本格的にマスターを目指そうと思う。
そのため、いや、不調なだけかもしれないが文学は封印する。
小説はもちろん、詩も書かない。
川柳、あれも文学か。連句はどうする。
まあ、堅苦しく考えるのは、真面目人間の悪癖だ。適当になれ。
貧困と障害の当事者研究も中断だ。堅苦しいし、時間がかかる。選択と集中だ。そして継続と計画性だ。どうも最近の私は思いつきで動きすぎる。練り上げて発酵させるくらいで丁度良い。
今日はイースター。良いスタートが切れた。無理をせず、低く、低く、進め。