ゴールデン・パニック

10連休。私は躁状態後の抑鬱期になり、ストンと落ちて空っぽになり、入院するしかないと、あたふたしていました。結局、昨日、これはパニックだったのだと気づき、やはり一人暮らしは厳しいか、でも施設もないし、などと寝言を並べているところです。

厄介な病気ですね。もう、病気とは、20年の付き合いになりました。病相も変わりました。周囲も変わりました。58歳になりました。もう、ひと花。希望はあるのです。

孤独。両親は生きていても、私の面倒を見ようとはしません。それは、そうでしょう。両親の方が、早く死ぬでしょうから。弟。いますが、5年以上、会っていません。元妻。電話にも出てくれません。医療・福祉の人々。親切ですが、最後の一歩には踏み込めません。

平成とは何だったのかという本が何冊も出ているようですね。貧困化という言葉は、外せないように思います。厳しい時代になるのでしょう。私は一足先に、その景色を見ています。浮かれていた時代を思い出します。みんな、自由が良いと言いますが、自由だけあっても、お金がないと何も出来ません。自由が無いのと同じことです。

今日は連休の最終日。きっと、家で、ノンアルコールビールを飲むのでしょう。ただの酔っ払いですね。一人暮らし。出かけようかな。

 

平成最後の連句会

私が、この地域活動支援センター(以下地活)に行きだしてから、1年と9ケ月になる。この地活は、水曜、日曜、祝日を除く、午前10時から、午後3時まで開所している。概ね、毎日何かのプログラムがある。その一つが「癒しの連句会」である。

今日は平成最後の連句会。私は1週間前から捌きをやると申し出ていた。捌きとは、参加者が提出する句を選んで、連句を作って行く作業のことだ。最近、捌きをする先生が多忙で、理事長が代行していたが、思うところがあり、私が二度目の捌きをすることになった。

今日は起床が早朝。服薬後にバスでO駅に出て、カフェCでモーニングを食べた。偶然、Tさんと会う。地活のメンバーだ。少し話をし、彼は散髪をすると言って、先にカフェを出た。

カフェCから地活まで、徒歩25分。私は少しはやくカフェを出て、小寄公園に行った。最近、はじめて行ったのだが、綺麗な公園だ。飼い犬の社交の場。キャッチボールやテニスをする子供達。適度に賑わっているうえに景色が良い。近所には福池公園や川合公園もあるが、ここが一番落ち着くなと思った。

コンビニに寄って冷凍のカルビピラフを買い、地活へ。今日の昼食である。

午前中はパソコンを借りて、整理中のエッセイの作業をした。

午後1時。いよいよ連句会が始まる。発句は私が詠んだ。1時間半の枠の中で、それなりに楽しい連句が出来た。平成の最後にふさわしい、立派な連句になったと、自画自賛しておこう。

徒歩で帰宅。配食弁当到着。ヘルパーさんは、コインランドリーへ。なんとなく良い気分だ。

過緊張、重要人物妄想、不安発作は、完全には去っていない。きっと、時間がかかるのだと思う。この、10連休。地活があるのは、5月2日だけだ。とにかく、人恋しい。だから人のいるところへ行く。喫茶店に行く。友達を家に呼ぶ。

もう、ひと花と意欲的になっていたが、それが良いのか、悪いのかは微妙だなと思った。もう、若くはないのだ。咲くとしても、ひっそりと咲きたいものだ。ささやかな暮らしが一番。目標は、可愛いお爺さんなのだから。

夢の落差

私は間違いなく貧困である。散髪をし、顔を剃るお金も、洗濯をするお金もないので、見た目はまるで浮浪者だ。しかし、私は妄想する。

病気がなければ、月200万円クラスのプロジェクトマネージャーですよと、NT氏に言われた。私は、21世紀を代表する知性と呼ばれたいという虚栄心。海外からは、貴方のために、100万ドル送るから、銀行口座を教えろと言われている。一番まずい税務当局につかまるパターンだなと思う。金銭感覚が狂っている。1億円じゃ、動かないからねと嘯く。

きっかけはM女史からの講演の依頼だった。一晩で原稿を書いた。次々に過去の記録を書いた。躁転した。「白井京月エッセイ集」を世に出したいと思った。ひさしぶりに、プロジェクトを立てた。そこまでは良かったが、枝葉がついた。

また、開業届けを出そうと考えた。事業内容に、昔やっていた経営コンサルやワークショップをいれようとした。妄想だ。それは過去のことだ。現実を見ろ。

願うのは、「ささやかな暮らし」なのだ。

一句作った。川柳である。

 

ささやかな 暮らしがあれば それでいい

 

実感である。私は未だに、豊かさに呪われているようだ。もう、次世代文明の扉は開いている。私は、ささやかに暮らすだけで良い。役割からの解放。いらない概念を注意深く手放すこと。気軽にね。

プロジェクト・コード<R-1>始動

今日、KH氏と、プロジェクトのキックオフをした。

プロジェクト。なんとも20世紀的な雰囲気だが、次世代文明には次世代文明のプロジェクトがある。それは究極の夢ではなく、ただのゴールの設定だ。破壊者など想定内なのだ。つまり、ゴールから逆算して、プログラムを組み、それを実行する。次世代には次世代のプロジェクト・マネージメントがあるのだった。

プロジェクトのゴールは出版。私がまとめかけている「白井京月エッセイ集」を出す。ISBNには拘らず。来年の6月までに、販売するKH氏が、30万円の純利益を出す。500部は刷る。1冊千円+税。電子出版も視野に入れている。

新聞への連載や、出版社への持ち込みは、編集等で趣旨がぼやける可能性が高いと判断した。

すでに、36本のエッセイの選定と並び順は決まっている。あとは、純粋に作業と資金作りなのである。

さて、プロジェクト・コード<R-1>の意味だが、Rは令和のRということ。そして、プロジェクト完了時には、リゾートをすること、その行く先は六甲アイランドシェラトンというインセンティブをつけた。

すべて<R>で始まる。私的には、良い感じだと思っている。

この話には前段があり、本年12月に講演を依頼されたのだ。その時に販売する商材として、3冊目のISBNの付いた出版を思いついたのだが、目標は定石に従い、敢えて小さくした。

なお、前2冊とは、

1.ロバート劇場(パレード社、2011)

2.次世代文明の誕生・銀河版(銀河書籍、2014)

である。

ISBNの付いていない本には、「狂った季節」、「宇宙人会議」、「白井京月短編集」などがある。

お金があれば、増刷や再版も容易なのだが、お金はない。諸般の事情から、このプロジェクトになったのだ。

さあ、リゾートだぜ。