東京オリンピックの隠れた意義

東京、マドリッド、イスタンブール。マスメディアはいい加減な予想をしていたけれど、ブックメーカーはどこも東京が大差で一番人気だった。まあ、順当に東京に決まったということだ。

 

当初、石原さんがオリンピック誘致を言い出した時には絶句するほどに大反対だった。財政をどうするのかと神経を疑った。通俗エコノミストは経済効果だとか言っているが、借金をしてお祭りをするようなもので、GDPは増えてもプライマリーバランスは悪化するに決まっている。今年のプライマリーバランスはマイナス33.9%と過去最悪になる見通しだ。GDPの2倍以上の借金があっても財政破綻しないのは、個人の金融資産が支えているわけで、これが徐々に減った時には日本はギリシャ化するんだろうな。まあ、7年はもつかもしれないが、15年はどうだろうというのが私の予測。経済はいろいろな数字や指標から多角的に見ないといけないのに、経済成長率や株価だけを気にするというのは陰謀なのかもね。

 

東京に決まったのに、それでもまだ反対や批判をする人がいるけれど、思考回路も精神構造も理解不能だよ。決まったんだよ。このイベントを生かすことを考えるしかないじゃないか。いや、本当に戦争反対と同じ勢いで攻撃する人たちっているんだよな。しまいには、IOCは巨悪だとか。まあ、国際資本と同様の利権構造はあるんだろうけど、批判してどうなる。中止にするような影響力などないのに発言するメリットも意味も私にはわからんよ。

 

東京に決定したと知ってから思ったことがる。これで日本の右傾化も少しは沈静化するだろうという甘い期待が生れた。オリンピックをやるということは世界が注目するということで、言い方を変えると国際社会から強く監視されるということだ。だから今は東京に決まって良かったと思っておる。これが東京オリンピックの隠れた意義だとも。

 

もっとも、東京の夏のマラソンというのは人道的にいかがなものか、という点が気になるのは私だけではないだろう。やはりマラソンだけは東京以外にして欲しいよ。