白井京月の研究室

経済学・社会学・政治学

3.日本は貧困国なのか

近所のある喫茶店。たった1年で客層が変わった。定年退職した人たちなのだろうか、一人で本を読んでいる老人が増えた。中には数人で日本の未来について政治談議をしている老人たちもいる。これから、どんどんとこういう光景が増えるのだろう。

格差ということばは現代のキーワードだが、老人が豊かだというのは平均しての話だ。若年層の格差よりも老年層の格差の方が大きい。これを老老格差という。概ね3割の老人は貧しいのだ。

少ない小遣いでも喫茶店に来て図書館で借りた本を読んでいる老人は良い方だ。介護を必要としている老人が、450万人以上いる。そして、この数は年々増え続けると予想される。

いろいろな数字を見ていると、日本はもう崖っぷちに来ていることがわかる。今は選挙で雇用の創出を各党が叫んでいるが、どれも絵に描いた餅にしか見えない。「雇用は保証する、しかし賃金は安い」では総所得は増加せずデフレは進行する一方だろう。

いま成功している日本企業はデフレを利用している企業だ。貧困層はデフレだから助かっているのだ。富裕層もデフレだから購買意欲が湧かないのだ。

日本は貧困国だ。OECD加盟30ケ国中、4番目に相対貧困率が高い。相対貧困率とは、所得分布中央値の50%以下の所得の人の割合で、日本の場合、約7人に一人が貧困層となる。若年層の非正規雇用、高齢者のことなどを考えると、この数字が悪化する一方であるということは容易に想像がつく。

こんな状況の中で、未だ高度経済成長の幻想から抜け出せず「成長戦略」を目指すなどというのは、私に言わせれば寝言の類いだ。もっと現実を見ないといけない。ずるずると貧困層が増え続ける時代。それが現代日本の基本構造だ。

世界的に見て、企業の労働分配率が下がり続けている。これも大きな問題だ。サラリーマンの所得が増えずに経済が成長することなどあり得ない。最低時給も国際的に見て極端に低い水準にある。本来なら潰れるべき企業が、これで生き延びている。ドラッカーは資本主義のメリットとして不効率な赤字企業が淘汰されることを上げていたが、日本ではこういう企業を守ろうとする。そして、ワーキングプアやブラック企業という社会問題が起こる。

どうすれば良いのか。それは「豊かな国」という幻想を、夢を捨てることなのだろうか? 貧しくても幸せな国を目指すことだろうか? まずは事実を受け入れることが重要だ。「幻想を抱けば抱くほど、破滅は絶望的なものになる」とコンサルタントの神様ワインバーグは言っていた。

さて、少子高齢化と人口減少に悩む日本と言われるが、それほど悩む必要があるだろうか? 再びドラッカーを引くならば「プロフェッショナルの条件」という本の中でイノベーションの機会として以下の7つを掲げている。

1.予期せぬこと 2.ギャップ 3.ニーズ 4.構造の変化 5.人口の変化 6.認識の変化 7.新知識の獲得

なんと5番目に人口の変化があるではないか。つまり、日本の人口が減少したとしても、それに対応すれば良いのであって、移民を受け入れて数合わせをしようとするのは短絡的に過ぎる。

「人口」も「富」も増えればよいという観念がどこかにないだろうか。経済成長は必要だと信じていないだろうか。そんな観念を一度とりはらって、別の角度から見れば日本は貧困国だなどとは言われないし、そうはならない知恵があるだろう。

経済学は「富」という指標とともに「快適性」という尺度を扱わなければいけない。ストック重視からフロー重視へと転換するべきだ。古い観念を捨てて、ライフスタイルを根本的に見直すこと。そこにイノベーションがある。

(2012年12月14日)