白井京月の研究室

経済学・社会学・政治学

7.新興心理学批判

今回問題にしたいのはNLPだ。NLPとは、神経言語プログラミングの頭文字であり、ニューエイジ系の心理学である。カウンセリングやコーチングで実践的効果があるとされ、日本でも大流行している。私も心理学や脳科学を知識としてではなく実践で生かす必要性を強く感じ、昨日、書店で一冊の本を手にした。

「人生が劇的に変わるマインドの法則」(久瑠あさ美:著)が、それだ。なんともなタイトルだが、私はそこまで追い込まれている。もう人生を「劇的」である必要がある。(笑)さらに帯にある筆者が美人だった。これで完全にサブリミナル・マーケティングに落ちた。家に帰って読むと、筆者の久瑠氏は元モデルだった。

この本には、NLPという言葉は一度も出てこない。しかし、使われている技法や考え方はNLPそのものだ。NLPという言葉を使わないというのもマーケティング戦略に違いない。

マインドの法則とは、たった3つのプロセスで「在りたい自分」を創るという久瑠氏の理論であり、技法である。3つのプロセスとは、一つには、自分がどう在りたいかという潜在意識のwantを呼び覚ますこと。二つ目が、イマジネーションを駆使して未来のビジョンを描くこと、三つ目が、自分を客観的に見る視点(マインド・ビュー・ポイント)を高めることだ。特に、ビジョンをベースに、未来、現在、過去の順で自分を俯瞰することが重要なのだと言う。この本では、この3つのプロセスについて具体例を用いながら熱い言葉で「マインドの法則」の持つ意味が語られている。

私も熱くなり、この本に期待しながら一日で読み終えた。NLPの本には難解なものが多いが、この本は分かりやすい。そしてすぐにでも実践できそうだ。私も人生を劇的に変えたい。そんなことを思い、本の中のワークシートも実際に書いてみた。自己変容、自己改革というとまだ丸い感じだが、人格変容、人格改造となると危険な感じがする。しかし、NLPではまさにこの人格変容こそが主要な課題であり、なりたい自分を設定し、それを実現することを成功と位置付ける。これは一つの考え方だ。好き嫌いは言えても、良い悪いは言えない。とはいえ「在りたい自分」が本物かどうかを判断することは難しいと思うのだが。

クライアントの潜在意識に入り込み、周波数を合わせる感じで、本当のwantを探りあてる。こう書かれると、それは超能力者の技のように思えてくる。さらに、潜在意識が高次で顕在意識が低次だという見方にも問題がある。脳科学的に言えば、非言語の古い脳が無意識の領域であって、新しい脳こそが言語領域なのだ。しかし、この本では低次と高次が逆転する。

もっとも、私は潜在意識の重要性を否定しているのではない。大切なのは、古い脳(潜在意識)と新しい脳(言語領域)のつながりだ。これがうまく行かないと、思考と感情、そして行動がバラバラになる。いかに脳および脊髄を統合された状態にするのか。それが課題であることは間違いない。

さらに本書では社会や組織と個人の関係についても触れられている。人には社会や組織にいるかぎり、しなければいけないこと(have to)があると言う。しかし、この制約の中でも「やりがい」(want)を見つけることは可能だ、と久瑠氏は言う。あたりまえのことが書かれているようだが、この点には特に注意したい。

携帯電話のセールスマンが目標を売上から顧客満足に変えることで成功したとう事例が載っていた。しかし、はたして本当にこのセールスマンのwantは顧客満足だったのだろうか。それが真の自分なのだろうか。偽物のwant、あるいは作られたwantではないと断定できるだろうか。そこには、個人は社会や組織の中で役に立つべきだという価値観が大きく横たわっているということを指摘しておきたい。

最後に潜在意識を書き換えるということの怪しさについて書いておく。近年、潜在意識という情動に訴えるマーケティングはビジネスだけでなく政治でも活用されている。確かにこれは効果がある。しかし、潜在意識を書き換えることで自己を変容できるというのは違うだろう。むしろ、潜在意識を感じながら、顕在意識を、つまり言語領域を書き換えることが自己変容につながるのだと私は思う。そうでなければ、人類が本能を克服し、言語を用いて社会を、そして文明を築けた理由が説明できない。

重要なことは、私たちが社会慣習や宗教、常識やプロパガンダ、教育プロセスなどに縛られることなく、自由にイマジネーションし、wantに従って感じ、考え、自分を客観的に見据えて、思考と感情と行動の整合性が保たれているということだろう。

安直なイメージで共感して、簡単にビジョンを共有し、瞬時にラポール(信頼)を確立するなどというのは理想であるどころか最悪だ。それこそが、全体主義への道ではなかったか。いま一度、歴史を振り返る必要がありそうだ。

(2013年2月)