白井京月の研究室

経済学・社会学・政治学

人生のテンプレート

失われた20年より前の時代、ほとんどの人は数通りの人生のテンプレートに従って、サラリーマンや公務員、医者や教師などになることができました。それは、ある程度の幸福を約束するもので、うまくテンプレートを活用すれば、8割方の成功が約束されていると考えられていた、そんな時代でした。

しかし、時代は大きく変わり、従来のテンプレートはあまり役に立たないものとなっています。有名大学を卒業し、一流企業に入社しても、昔のようなメリットはないですし、辞めて行く人も多い。特に、優秀な人ほど早く辞める。あるいは最初から就職という選択をしない。そういう時代になっています。

これは政治が悪いなどという問題ではありません。(もちろん良いとも言いません)グローバル経済という世界の潮流、少子高齢化という国内事情、ITなどの技術革新による経済・社会構造の変化。まさに激動の時代、乱気流の時代なのです。

批評家の宇野常寛氏は、「日本のOSをバージョンアップする」という標語を掲げています。「普通の人が、普通に仕事をして生活できる社会」を作りたいのだと。確かに、それは意義のあることでしょう。しかし、私たちは日本のOSがバージョンアップするのを待っていることなどできません。既存の世界の中で、テンプレートに頼ることなく、自分自身の人生を作って行くしかないのです。新しいテンプレートが出来るのを待っていても、どうしようもありません。

現代は時代の分水嶺だと言われています。つまり、これまでの常識が通用しなくなるのです。現代文明は、進歩や成長、豊かさが人類を幸福にするという仮説のもとに急速に社会を変えて行きました。驚くべき発展もありましたが、そこでは生活という楽しみが合理化によって奪われ、家族やコミュニティーの精神的なつながりが希薄になりました。そして、いつのまにか、誰もが成功や幸福を目指すのが当然のことのように思うようになりました。

しかし、すでに世界経済は成長期を終えて、いまは脱成長の経済システムが模索されています。仕事を競争と見なしてひたすら頑張る生き方に疑問を持つ人が増えています。人生の目標は地位や財産や名誉なのでしょうか。勝利主義や序列で見るような価値観こそが、産業社会によって押し付けられた価値観なのです。

自分の価値観で生きる。これからは、そういう人が増えてくるのだと思います。別に有名になることや、大きな収入を得ることを目標にする必要はありません。自分らしい日々の生活があれば、それが一番のはずです。競争や戦いに終わりはありません。そういう人たちは99%が敗者となり消えて行く。それも一つの選択ですが、誰もがそういう生き方をする必要はない。まずは、自分のいまの価値観が教育や社会によって押し付けられたものではないのかを疑うことです。そして、自分独自の価値観とは何かを、しっかりと見いだすことが大切です。もっとも、これは高度な生き方かもしれません。時代に流されていればいいという識者もいます。しかし、それでは衆愚政治となり、いずれ日本は独裁国家となることでしょう。

社会を変えるのは政治や制度であるより前に、一人ひとりが生き方や生活を変えることです。政治が良ければ景気が上向くなどという妄想を持っている人が多いのには、呆れかえるほかありません。

さて、あなたは人生のテンプレートを利用しているのでしょうか。それとも、これから利用するつもりなのでしょうか。あるいは、その結果、いま何を感じておられるのでしょうか。もう、人生のテンプレートは完全に陳腐化して役に立たなくなりました。長期的な人生設計のできない時代になったと言っても良いでしょう。それは厳しくなったようでもあり、自由になったということでもあります。

もう、人生のテンプレートが使えない時代です。本当の意味で豊かな生き方を目指すことです。もう歳だから遅いということはありません。発想を根本的に変えて見ること。そうすると、生活のすべてが楽しくなります。多分ですが・・・。(笑)