略奪された身体

私は何者かに乗っ取られていた。憑りつかれたように書き、整理し、出版した。こうしてできたのが、私の2冊目の本「次世代文明の誕生」だ。しかし今、なぜそれほどに熱狂していたのかを思い出せない。あれは本当に私だったのか。どうも私以外の者の意思によって、私の身体が支配され、突き動かされていたのではないだろうか。しかし、いったい誰が?

 

数日前から、意識の糸が切れ、意識の連続性が失われている。世界は何も変わっていない。しかし、世界を見る私の目が、私の感じ方が、とても無機質なものになった。文明、社会、世界、世間。そんなものは生きるために利用するだけの道具、たとえば眼鏡程度のものであって、便利ではあるが、崇高なものでも高邁なものでもないだろう。過度の賛美、過剰な価値意識、そういうものと縁が切れたような。

 

このブログは去年、ある人の檄から生まれたものだ。

 

「政治的、社会的なオピニオンを全面に出して書いてください。少なくない人たちが、それを望んでいます」

 

私は素直にその声に答えた。そして、新刊となる「次世代文明の誕生」は、とんでもなく完成された本になったと感じている。大いに疲労しただろから、大いなる休息が必要なのだとも思う。数年前、私は某氏から次のような言葉の書かれた葉書きを貰った。

 

" You invest the divinity of the masterpiece "

これは、一つの指令だったのか。

 

仕事は終わった。これからは、敬愛する故武田百合子氏に倣って「日日雑記」を書きたいと思う。帰還。いったい私はどこに帰還したのか。それを知るために、書く。