白井京月の研究室

経済学・社会学・政治学

宇宙人会議2013(9.対話)

9.対話

 

会議二日目の朝9時50分。ヒロとミカは前日と同じように会場で隣同士に座っていた。予定では10時から経済パネルなのだが、主役のポール博士の姿がない。壇上にはすでにサルゴン議長とヴェーダ博士、そしてホノニニギ博士が座っている。そして、それに対面する形で、銀色の宇宙服を着た3人が座っている。これがピルシキ星人だなとヒロは思った。会場は満席だ。熱気でエアコンが効かないのか、少し暑い。司会者が喋り出す。

「今日の経済パネルは予定を変更して、私たちアセニア星人と今こられたピルシキ星人との公開ディスカッションを行うこととなりました。開演は10時です。しばらくお待ちください」

会場から一斉に拍手が起こる。いったいどんな話になるのか。ヒロはケリー夫妻とマルゴーを探したが会場にはいないようだ。そうするうちに、討論会は始まった。サルゴン議長が最初に喋る。

「我々がディスクロージャーを行ったのが、今日の午前3時。早速、ピルシキ星人がいらしたのには少々驚いています。そしてまた、嬉しい気持ちもあります。対話を望んでいたのは我々だけではなかった。この場ではきっと本音の話ができる。同じ地球に住む宇宙人としての対話。アセニア星人とピルシキ星人との対話です。まずは自己紹介をしましょう。私、ビルトワールド会議議長のサルゴンです。よろしくお願いします」

「やあ、サルゴンさん。僕はピルシキ星人のブタマルだ。よろしく。英語が下手でごめんね。それから、大事なこと。君たちはアセニア星人じゃない。地球人なんだ。もう宇宙の教科書では、アセニア星人は絶滅したことになっているからね。今日は地球文明の支配層と話をしにきた。そういうことでお願いしますね」

ブタマルはひょうきんな声でそう言った。

会場がざわめく。いきなりアセニア星人の優越性が否定されてしまった。順々に自己紹介が続く。ピルシキ星人は皆、声が高い。宇宙服は顏まで覆われているので素顔は見えないし、表情もわからない。宇宙服を脱がない理由はわからない。

「私たちが対話を求めたのは、ピルシキ星人さんの人類無能化計画ともいうべき精神世界へのプロパガンダについて、その理由を知りたいということです。何の目的で、我々の文明の進歩を妨害するのか。その理由を教えていただきたい」

サルゴン議長がいきなり切り出した。

「それは誤解だよ。私たちは何もしていない。それは一部の人が宇宙人ネタでビジネスをしているだけじゃないかな。私たちが妨害しているというなら、その証拠を示してよ」

ブタマルは相変わらずの高い声で言った。

「では、そういうビジネスをしている人に協力しているということはありませんか?」

サルゴン議長が質問する。

「そうね。協力する場合もあるし、協力しない場合もある」

ブタマルが答える。

「なぜ協力するのですか? 私たちとしては、その協力をやめてもらいたい」

サルゴン議長はキッパリと言った。

「なぜ、協力をやめないといけないのかな?」

「それは、我々の計画に支障を来たすからですよ。それに、文明の崩壊をも招きかねない」

「私たちは、貴方がたの計画をすべて知っているよ。それは良くない計画だ。地球人は自らの生存の基盤である地球の生態系を破壊し続けている。このままでは破滅が待っている。だから、僕たちはそれを阻止する」

「それは素晴らしい」

ホノニニギ博士が口を挟んだ。

「いや、私も同意見だ。ここは是非、ピルシキ星人の持つ技術やノウハウをお借りしたい」

「もちろん。皆さんに協力するために、僕たちはここへ来た」

 

ブタマルは嬉しそうにそう言った。

「まずは科学技術や文明の発展とやらが、どれだけ地球の生態系を悪化させ、地球人の寿命を縮めているかを明らかにしないとね。今こそ、価値観やライフスタイルを変えないといけない。僕たちは、素晴らしい星、地球を守るために来たんだから」

ピルシキ星人のキートはそう言った。

「宇宙間移動の夢は・・・」

サルゴン議長は独り言のようにつぶやく。

「下手な宇宙開発ほど、環境を破壊するものはないよ」

キートが答える。

「どうですかね。進歩とか、成長とか、発展という価値観を放棄しませんか?」

ブタマルは静かにそう言った。

「それをするとね。統制がとれなくなりますよ。秩序が失われ、制御不能になる。大きな混乱が起こり、現代文明は崩壊します」

サルゴン議長が答える。

「冷静に考えてください。生存基盤である生態系を失うことと、その大きな混乱と、どちらが大きな問題ですか?」

キートが質問する。

地球人側のホノニニギ博士とヴェーダ博士は、なんともピルシキ星人寄りの意見だ。サルゴン議長は壇上で孤立してしまった。

気まずい沈黙の時間が続いた。会場も静まり返っている。ヒロは軽い眩暈を感じた。悪い予感がした。その時、ブタマルが口を開いた。

サルゴンさん、宇宙間移動が夢なら、私たちの宇宙船を貸し出すよ。もっとも、操縦などの演習が必要なので、3ケ月は研修期間だけどね。で、宇宙間移動が究極の目的なの?」

サルゴン議長は大きく溜息をつき目を閉じた。涙を流しているようにも見えた。そして、ゆっくりと語り出した。

「宇宙間移動技術というのは、宇宙人としての誇りであり基本です。今の我々にはそれがない。このことは、私にとって大きな屈辱でもあるのです。そして今、ピルシキ星人さんは宇宙船を貸してくださると言う。それでは、私たちの誇りが保てない。しかし、そのご提案にはとても興味がある。悩ましいですなぁ」

サルゴン議長はそう言うと上を向いた。

「あれ、サルゴンさんは宇宙間移動をしたいの、それとも宇宙間移動技術を開発したいの、どっち?」

ブタマルが訊く。

「名誉の帰還だ。宇宙船を借りれば帰還はできるだろう。だが、宇宙船をピルシキ星人さんに借りたとなると名誉がどうなるかだ」

サルゴン議長は言った。

「名誉なんてどうでも良いんじゃない。ピルシキ星人は誰もそんなことを気にしないよ。それに、帰還するってアセニア星はもう死の星だよ。墓参りがしたいだけなの。それから、言っておくけど、宇宙間移動には不確実性がつきものだから、帰ってこれる保障は無いよ」

ブタマルはそう言って笑い転げた。

「このご提案には大変興味がある。もっと詳しい話を聞かせてもらいたい。例えば、何人乗れるのか、資格はあるのか、どれぐらいの期間貸していただけるのか」

サルゴン議長はそう言うと、会場に目をやった。

「そうだね。今日の宇宙船なら三百人は乗れるね。ただし、身体をヤマコス星人マイクロ蝶に借りるんだ。つまり、意識をマイクロ蝶に寄生させること。宇宙人の本質は意識体だからね。あ、良いサンプルがある。ヴェーダ博士の頭の上にマイクロ蝶がいるよね」


ブタマルはそう言うとケタケタと笑い出した。ヴェーダ博士は、そっと頭に手をやった。

「見えていましたか。この白いのは、フケではなく宇宙人、ヤマコス星人マイクロ蝶です。今、私たちの知恵袋になってくれています。発声は出来ませんが、意識通信は出来ますよ。体長は2ミリほどですが、良く見ると本当に可愛い。私たちは妖精ちゃんと呼んでいます。良い知恵を与えてくれます」

「で、再び地球に戻れる確率はどれくらいですか、そしてどのくらいの時間が必要ですか?」

サルゴン議長はまっすぐにブタマルを見て言った。

「まず、戻るということを定義しないとね。意識を分散させ、その後に統合させるというのは、厳密に言うと戻ることにはならないんだな。つまり、複数の意識を持つことになる。あるいは、どちらかの意識を消す。まあ、こんなことは宇宙人なら言わなくてもわかるよね」

ブタマルのこの発言に会場はどよめいた。今、ここで、そんな重要な決断が出来るだろうか。誰もがそう思ったようだ。

ミカがヒロに小声で言った。

「これって、私たちを地球から追放する作戦じゃないの?」

「待っただ」

ホノニニギ博士が大声で言った。

「ブタマルさん、時間をくれ。今日の18時まで待ってくれないか。これは重要な決断になる。みんなの考えを集めないといかん。待ってもらえるかな」

「いいよ」

ブタマルは簡単に言った。

「じゃあ、僕たちは宇宙船に戻るけど、何か聞いておきたいことはある?」

「すでにその宇宙船に乗った人類はいるのかな?」

サルゴン議長が訊いた。

「もちろん。たくさんいるよ」

「君たちも、人類に寄生しているのか?」

サルゴン議長が続けて質問した。

「もちろんだよ。そうしないと、地球で活動できないじゃないか」

 

ブタマルは再び、ケタケタと笑い出した。

「今、何人くらいいるんですか?」

サルゴン議長は笑いを制するように訊いた。ブタマルの笑いが止まった。

「数えたことなんてないよ」

そう言うと、キートはもう一人のピルキシ星人に合図をした。ブタマルら三人は立ち上がって挨拶もなく帰って言った。会場の緊張は一気に解けた。

「1時間の休憩に入ります」

司会者が大声でそう言った。

「ミカ。ホテルで話がしたいんだけど」

ヒロはぽつりと言った。

「良いけど、何の話?」

ミカはそう言うと、ヒロの顏を見る。

「意識の話さ。意識がヤマコス星人マイクロ蝶の身体に移ったら、ヒトとしての意識は無くなってしまわないかな? それって、ヒトとしては死ぬって言うことにならないのかな?」

「それも宇宙人論の基礎なんだけどね。講義代は高いけどいい?」

「いくら払えって?」

「まあ、貧乏な人からお金はとらないわ。さ、ヒロの部屋で話をしましょう。1時間もないから手短に説明する」

ミカはそう言うと荷物をとり、歩き出した。ヒロがその後を追いかけた。

部屋に入ると、ヒロとミカは向かい合って座った。

「結局、誰かが宇宙船に乗ることになるのかな?」

ヒロのこの質問にミカは渋い顔をした。

「本気で宇宙に行きたいなんて人は極めて少ないわ。でもサルゴン議長は絶対に行くと思う。それも大勢を引き連れてね。ミカは言った。この話は長くなるわ。それより、ヒロは意識についての基礎理論を勉強しないといけない。時間がないわ」

「はじめるわよ。一般人は脳が発達して意識が生まれると考えているけど、これは違う。意識は独立して存在することが出来る。まあ、霊だと考えたらそれで良い。一人の人間には通常1個の意識があると考えているけれど、この1個という単位は、一つのネットワーク構造になっているの。階層構造じゃないという点を間違えないでね。だから、意識を次元で表して、上下などというのは意味がないことね」

「このネットワークは開かれていて、つまり外部に通じている。だから、見方を変えるだけで、一人の人に複数の異なる意識ネットワークがあっても不思議ではない。言い方を変えると、意識とは関係であって、実体ではない」

ミカがここまで喋ると、ヒロは両手を上げた。

「悪いけどぜんぜん分からないよ。霊だって? そんなものが存在するのかい?」

ヒロはそう言って笑いそうになった。

「何を言ってるの、貴方も私も、霊よ。身体を持ち、経験を伴うこの世界に生かされた生命よ。これって、本当に幸福なことなの。身体を持たない霊、経験を伴わない霊はたくさんいるわ。しかも、私たちはそこそこ知的な人間と共に生きる霊よ。素晴らしいことなのよ」

ミカはそう言うと、ペットボトルの水を飲んだ。

「なら、ヤマコス星人マイクロ蝶に霊を移したら、その人間は死ぬんだな」

ヒロは言った。

「そこがピルシキ星人の凄いところで、意識をコピーする技術を持っているはずよ」

ミカは言った。

「意識をコピーだって、それじゃあ、本物と偽物を作るようなものじゃないか。そんなこと、倫理的にどうなんだ?」

ヒロは驚いたように言った。

「偽物という言い方は良くないわ。子供を作るようなものよ。だから、ネットワークなの。分散と統合が出来るの。宇宙から帰ってきたら、ヤマコス星人マイクロ蝶に寄生していた意識を人間に戻す。つまり統合させる。凄い技術だわ」

ミカは自分の熱弁に酔っているようだ。ヒロは窓の外を眺めた。

「ミカは宇宙に行くのかい?」

ヒロはぼんやりとそう言った。

「冗談でしょ。興味がないわ。地球はこんなに楽しいじゃない。まさか、ヒロは行きたいの?」

ミカは身体を曲げて、窓際に立つヒロの方を向いて言った。

「僕は行こうと思う。それが僕の使命のように感じてしかたがないんだ。ピルシキ星人の考え方や技術も学べると思うし、チャンスは今しかないと思う」

ミカは一瞬、驚いて言葉を失ったが、すぐに気を取り直した。

「好きにすれば良いわ。たとえ宇宙に行っても、もう一人の貴方は地球に残るんだろうし。それに、マイクロ蝶になったヒロも見てみたいわ。もっとも、これはピルシキ星人の陰謀かもしれないけどね」


ミカはそう言うと、また水を飲んだ。

「今の地球を守るには、ピルシキ星人の知識と技術が必要だよ。そろそろ、会場に戻ろう」

ヒロはそう言い、二人は部屋を出て会場へと向かった。