虚無

瞑想が目指すもの。それは虚無だ。無にして空。呼吸すら意識することなく、また、眠るでもない。ゼロ地点へ。それには、まだまだ修行が必要なようだ。

境遇を比較してはいけない。いま、痛みがないこと、苦痛がないこと、それだけで満足できれば、言うことはない。

なぜ、楽しい宴会で騒ぎたいのか。どんな日常になら満足できるのか。誰も考えてはいないのだ。ただ、流されているのだ。そして、過ぎ去った日々を振り返るのだが、そこにどれだけの「思い」があるのだろう。

私はこれから、何もない日が続く。医師からは就労を禁じられている。重篤な精神障害なのだ。そう、文明の文法を解体せよと叫んだほどに。

無の世界に入ると、そこには穏やかさがある。ふむ。無なのにあるというのはおかしいかもしれないが、そこは穏やかだ。瞑想で得られる無の境地を積み重ねること。これが、今の私の課題なのだ。

親分は昔、世俗から離れろと言った。いま、ようやく世俗から離れようとしている自分がいる。リセットだ。ゼロの状態に戻ってから、新鮮な目で世の中を見てみよう。

屈折した文明の文法は、なぜ屈折しているのに骨折しないのか。甘すぎるイチゴジュースが売れないのは何故か。それを、今考えるのはやめよう。

素早く無想の状態に入り、安定した瞑想をすること。それが今の課題だ。ときどき、昔のお姉ちゃんが出てくるようでは、まだまだ甘い。

そんな訳で、政治、経済、社会、国際の記事は、当分書かないと思う。専ら、瞑想日記だろうか。

煩悩。名声が欲しい。名声が欲しい。名声が欲しい。お姉ちゃんと飲みたい。黒毛和牛が食べたい。金が欲しい。

ダメだ。先は長い。(笑)