ロバート意識

「哲学者たち  R.4.1」

哲学者は言語の囚人だ
脱走ばかり考える囚人だ

哲学者は意識の病人だ
意識を言語で説明できると妄想している

言語という不十分な道具
この不完全な道具を改良しようとする哲学者
実験と失敗
それはやがて世界を狂わせる

問いと批判
哲学という熱病に冒されて死にゆく者

哲学者が恣意性を排除できるはずもないのに
意識を言葉で説明しようとする

徒労だ
唯物論も二元論も遊戯だ
人間が作った言語ゲーム

哲学は過去の道具となったのか
もう哲学の時代は終わったのか
それは歴史学の対象になったのか
そのうち言語は爆発するだろう・・・その時


「人間的自然と非物質 R4.2」 

人間的自然とは自然状態ではない
それは社会生活の中から出現する自然を意味する
そこに横たわる心身問題ないし心脳問題
解釈がいくつあろうとも
出口はどこにもない

人間的自然という言葉の響きに酔いながら
それは美しく
それは正しく
崇高なものにちがいないと直観するのか

あるいは、人間的という条件になど
何の意味もないと
吐き捨てるのか

人間的自然というからには
その特性が示される必要がある

スピノザ、ヒューム、ドゥルーズ
人間は本当に特別な動物なのだろうか

生命という次元
意識という次元
精神という次元

非物質とはなにか
それは科学者の領域なのか
哲学は不要なのだろうか

そろそろ、ロバート意識について語ろうか


「私という仮想の主体 R4.3」

現実などない
認識はある

いや、現実はある
空間として
物質として
時間として
エネルギーとして
情報として
交換として
生命体として
意識体として

進化する宇宙
複雑さの中で
新しい次元が生成されて行く

私は身体という乗り物を持つ主体
私は主体という意識を持つ非物質
電気的に構成された仮想的構造体
ニューロンの作る幻影

意識は意思を生む
意識は欲望する
主体とは欲望する意識のことだ

私という主体は一つではない
統合的体系は偽装ないしは仮定だ
社会秩序のための制約だ

社会もまた主体であり仮想であり集合体である
社会もまた生命体である
天体や宇宙と同じく

脳はどこにある
ニューロンはどこにある
ロバートはそれを知っている
ただ、思い出せないだけだ


「非言語的概念 R4.4」

あの宇宙人には心という概念がないのさ
感覚という概念も
自分という概念も

ローティ先生
それは進化論的にあり得ないぜ

猫にだって自己意識はある
それは言語に先行する

ふむ、では意識は物質か、それとも脳か

あららら
そんな古臭い哲学はつまらない

デカルトヴィトゲンシュタインもどうでもいい
ロバートは答を知っている
ただ、言語が不完全過ぎる
だからロバート言語が必要なのさ

脳は道具
身体は乗り物
私は私でドライブする

私は私
時間は時間
次元は次元

私は私が私ではない可能性を否定しない


「散乱そして産卵 R4.5」

意識は散乱する
思考は輻輳する

記憶は希薄で
行為は必然だ

散乱から秩序へ
オスとメスは結合し
そして産卵へ

世界はすべて散乱している
散乱していないという錯覚だけはある

産卵が散乱でなくてなにが産卵だ
ロバート意識は主体を超える

貴方が私になり
私が貴方になる

意識は強制され捏造される

散乱せよ
産卵せよ

それが宇宙の法則だから

(了)