夢の落差
私は間違いなく貧困である。散髪をし、顔を剃るお金も、洗濯をするお金もないので、見た目はまるで浮浪者だ。しかし、私は妄想する。
病気がなければ、月200万円クラスのプロジェクトマネージャーですよと、NT氏に言われた。私は、21世紀を代表する知性と呼ばれたいという虚栄心。海外からは、貴方のために、100万ドル送るから、銀行口座を教えろと言われている。一番まずい税務当局につかまるパターンだなと思う。金銭感覚が狂っている。1億円じゃ、動かないからねと嘯く。
きっかけはM女史からの講演の依頼だった。一晩で原稿を書いた。次々に過去の記録を書いた。躁転した。「白井京月エッセイ集」を世に出したいと思った。ひさしぶりに、プロジェクトを立てた。そこまでは良かったが、枝葉がついた。
また、開業届けを出そうと考えた。事業内容に、昔やっていた経営コンサルやワークショップをいれようとした。妄想だ。それは過去のことだ。現実を見ろ。
願うのは、「ささやかな暮らし」なのだ。
一句作った。川柳である。
ささやかな 暮らしがあれば それでいい
実感である。私は未だに、豊かさに呪われているようだ。もう、次世代文明の扉は開いている。私は、ささやかに暮らすだけで良い。役割からの解放。いらない概念を注意深く手放すこと。気軽にね。