白井京月の研究室

経済学・社会学・政治学

議論は定量的・定性的に事実を確認することから。

俺はアンチ・テレビ人間だが、どういうわけか今日は「朝まで生テレビ」を見てしまった。とにかく俺はこの時事ネタ議論ショーが大嫌いだ。特に田原総一朗に激しい嫌悪を感じる。テレビでは偉そうにしているが、裏ではペコペコしている。絶対に見ない番組のはずだったが、「雇用と若者」という興味あるテーマだったので、ついスイッチを入れた。

 

パネリストは、荻上チキ(「シノドス」編集長、評論家)、奥谷禮子(ザ・アール社長、経済同友会幹事)、勝間和代(経済評論家)、今野晴貴(NPO法人POSSE代表)、宋文洲(ソフトブレーン創業者)、永沢徹(弁護士)、堀紘一(ドリームインキュベータ会長)、松田元(武蔵野学院大学SMB研究所所長、アズグループホールディングス社長)

 

話題はもっぱらブラック企業だ。なぜブラックなのに辞めないのか。ブラック企業の考え方とは何か。比較的、聞くにたえる議論だった。荻山氏は頭の良い人気者、宋氏はずばりと本質に迫る。勝間氏も相当に世間を知っているなと見直した。最悪だったのが松田氏だろう。「個人の努力が足りないだけで、仕事などいくらでもある」と言い放った。ちがう。これは構造問題なのだ。まあ、こういう人は勢いだけなので、説明しても無駄だろうな。

 

いま儲かっている企業というのは、デフレ戦略、低価格戦略を追求している企業だ。当然、どうすれば人件費を抑えられるかを研究し、実践する。社長を教祖にして社員やアルバイトまでも信者にする会社。目の前に大金をちらつかせて、トコトン働かせる会社。辞められない状況、頑張らざるを得ない状況を作る会社。いろいろある。

 

しかし、議論は個別の事例をどう解決するかということではない。まずはブラック企業とは何なのかを明確にしないといけない。労働内容、賃金、労働時間についてのデータと基準が必要だ。しかし、この番組では議論の前提となる数字が共有されていない。もちろん視聴者もそれを知らない。これは、マスメディアの重要な情報は報道しないという決まりごとによるものだろう。

 

35歳以下の労働者の年収の分布、労働時間の分布などは簡単に調べられる。またニートの数もわかる。ブラック企業の定義はさておき、今の若者の何十パーセントが悲惨な状況に陥っているかを、数字で(グラフで)示すことが重要なのだが、そこをやらない。事実を煙に巻き、さも問題意識があるふりをする。これがテレビ朝日らしさだ。

 

この問題は経済環境、企業環境の変化によるもので、企業が悪い、若者が悪いなどという悪者探しをしてもどうしようもない。むしろ正しい労働知識を教えない教育や、厳しく取り締まらない行政が悪いとも言える。しかし、それだけでは問題の解決にはならない。

 

ひとことで言えば、これは日本的経営の終末期における大混乱である。日本経済を牽引してきた大企業が旧来の日本的経営をやめざるを得なくなった。今、大企業に就職したとしても見込まれる生涯収入は最盛期の70%以下だし、途中でリストラされるかもしれない。しかも、仕事はどんどんハードになる。終身雇用、年功序列が消えても「精神論」だけは健在だ。これは神の国だからなのか。

 

働いている会社の熱狂的な信者になれない者は排除される。それは市民的正義の対極にあったりもする。辞めるか辞めないかに選択の余地があれば良い。しかし、明日の生活のために辞めたくても辞められない人がたくさんいる。極論すれば、生活のために市民であることを辞めるか、市民であることを誇りとして仕事を辞めるかだとも言える。宋氏は日本の会社の終身雇用は一種の奴隷制度だと述べたが、まったくその通りだ。奴隷には言論の自由も市民としての権利も事実上ないのだから。

 

ブラック企業を潰せ、賃金を上げろ、労働時間を短くしろ、雇用を増やせと叫ぶことも必要だろう。しかし、現実はすぐには変わらない。それならば、若者にサバイバルの知恵とスキルを与えることの方が効果的だ。何が何でも正社員(上級奴隷)などという馬鹿げた発想を捨てて、アルバイトでもニートでもヒモでも何でも楽しく生き抜くぞという発想が大事だ。安心できる人生のレールなど幻想だ。さあ、この大混乱を楽しもう。