ある愚者の生涯

旧:次世代文明研究所別館

健常者世界/障害者世界

ある障害者との会話で「健常者」という言葉が出てきた。軽いショックだった。私はこれまで「一般世界」という言葉を使ってきたが、「健常者世界」と言った方が正確だと思った。

健常者世界。私は50歳まで健常者世界にいた。38歳以降、精神科のお世話になったが、50歳までは会社員として豊かな世界を生きていた。障害者という意識が生まれたのは、障害年金を受給し、障害者手帳を取得した、51歳以降のこと。障害者世界に入ったのは、就労継続支援B型に通い出した、54歳以降のことだ。

健常者の時の私は、障害者世界のことなど、視野になかった。社会システムの中で機能することで報酬を得る。実力主義の競争社会。進歩、成長、成果、発展が是とされる世界。健常者世界とは、そういう所だ。社会批判はあっても、みんなシステムの中で生きている。障害者は蚊帳の外だ。

日本の法律では、障害者雇用が義務付けられている。障害者の一部は、健常者世界で仕事をすることを望む。動機の大半は、経済的理由だろう。それとも、労働は美徳だとか、義務だと考えてのことだろうか。なお、私は労働は美徳でも義務でもないという立場をとる。聖なるものとして、労働を美化する現代文明の文法に、異議を申し立てる。

障害者になって、私を襲った現実は「貧困」と「疎外」だ。障害者は、社会の隅っこで小さなコミュニティを作り、慎ましく生きる。

自立支援法以降、健常者世界が障害者を安価な労働力として活用しようとする、邪悪な考え方が広がっている。そのために、精神科医療はキャンペーンを行い、障害者を増やそうとしている。これは、うがった見方だろうか。

健常者世界は行き詰まっている。障害者世界は福祉利権に支配されている。障害と貧困。日本の貧困化は進む一方だ。さて、どうすれば問題は解決するのか。そもそも、問題とは何なのか。私は「生存学」に期待している。