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Energy flow

黒崎玄太郎研究所

自己観察の四つの次元

Energy flow

何となくという感じで、数日前から自己観察を始めている。

ミクシに師匠がいるのだが、名前を出して良いのかどうか分からない。とりあえず出さないでおこう。

さて、自己観察は起きている間中続けられ、都度メモ帳に書き込む。やりはじめると、これが楽しくなる。なお、自己観察は以下の4つの次元を見る。

1.思考

2.感情

3.動作

4.本能

分析はしない。ただ、記録をとる。処理するのは半年以上経過して、データが蓄積されてからだと言う。

思考。あと1年は静養だなと思う。病状が落ち着かないと何をやってもマイナスだろう。感情。安定している。動作。動作が少ない。本能。空腹。都度書くので、1日1ページになる。

師匠はこれを瞑想だという。

別枠の瞑想も継続だ。なぜなら、やることが無いから。とにかく精神病から離脱しないといけない。やっと、そういう気持ちが芽生えてきた。良いことだろう。

宇宙の意思と生きる意味

Energy flow

何やらスピリチュアルなタイトルだが、現在の私の関心はこの辺りにある。

 

宇宙に意思があるのか、と問われるならば、宇宙とは意思であると答える。そして私もまた宇宙の一部なのだと。

 

生きる意味。世俗的な成功が生きる意味だろうか。人類社会に尽くすことが生きる意味だろうか。本当の意味など存在するのか。意味は必要なのか。

 

優れた言語学者なら手際よく意味の体系を整理できるようにも思う。そして、意味とは意味の連鎖であることを図示するだろう。

 

生きる意味。それは必要ではなく欲望に属する。崇高なものを求めるなど、なんと欲深いことだろうか。

 

先に私は、宇宙とは意思であると言った。であるならば、宇宙の意思を知り、宇宙とシンクロナイズすることが生きる意味かもしれない。

 

大丈夫か、俺。

ポップでカジュアルな瞑想にしよう

Energy flow

ネット上で某氏より、しきりに「自己観察」を勧められている。しかし、今一つ気が進まない。観念を強固にするだけで、真我から遠ざかるように思えるのだ。

 

真我。これもまた分からない。これは自分ではないという否定を繰り返し、最後に残った自分が真我だという。もちろん、身体は自分ではない。私の目指す瞑想とは、少し違う気がする。

 

もっと、ポップでカジュアルな瞑想で良いのだ。日課として、アルファ波を出せば良いのだ。瞑想で世界が変わると大袈裟に考えすぎていた。宇宙の意思? 量子? そんなものはどうでも良い。

 

無我・無想の瞑想は、今も毎日チャレンジしているが、去年のように上手くはいかない。それでも、脳内にアルファ波がばらまかれた感覚を得ることはある。継続は力なり。何かを求めるのではなく、ただ瞑想の時間を楽しもう。求めてはいけない。

 

おかしいな。涅槃を生きているのでは無かったのか。ご勘弁を。

瞑想ができなくなった

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瞑想家としては、とても書きにくいことなのだが、最近は無我・無想の瞑想ができない。邪念に包まれているかのようだ。

 

未だに「成功」などという死語について熱く語る奴を見て、うんざりした。

 

そんなことは、どうでも良い。また、次世代文明について考えてしまう。人口の7割が勤労に従事しなければいけなかった時代も、文明の進歩と共に、その必要性が、6割、5割、4割、3割と減るのではないのか。そうなると問題は雇用以外でお金をどう分配するのかという分配の問題になる。

 

そんなことも、どうでも良い。問題は真我だ。今日はKH氏について真我についての話を聞いた。

 

KH氏は真我の体験者だ。真我には時間がないという。真我は永遠だという。身体は私ではないという。すべての自我は私ではないのだという。私は在る。ただそれに気づくだけ。

 

特別なことではないとも、KH氏は言っていた。修行すれば3割は真我に到達するだろうと。

 

とりあえず、近況報告を兼ねて書いてみた。瞑想が復活することを願って。