奪われた言葉

「奪われた言葉」

 白井京月

 

叫ぶ言葉さえ奪われた世界では
創造することなどとてもできず
考えることなどどてもできず
ただ、時の流れに耐えるしかない

小鳥のように囀ることも
子猫のように鳴くことも

いつまでも続くであろうこの世界から
いったいどうやって逃げ出せばよいのか

警察に行って
親戚になりすまし
行方不明届を出したとしても
世界から消えることは難しい

起きる時間も
食べるものも
仕事をする時間も
すべては世界の命令だ

笑顔も
会話も
恋愛も
マニュアル通りでなければならない

そして、この世界は自由だと述べなければいけない

もしも別の世界があるならば
もしも別の時代に生まれていたならば
もしもを思い
目を閉じて
静かに眠る

もう、ここに言葉はない
もう、どこにも詩人はいない 

あるのはプログラム用の記号
あるのはプログラム用の文法

世界はシステムへと堕落した

人間は生命ではなくなった

私はいまや人間ではない

私は人間でありたくはない

この霊言だけが思いをつなぐ糸だ

つまり

私は人間でありたくはない、と

世俗の誘惑

過去は消滅した

今の俺は孤独で貧しい精神障害者

収入は障害年金

自立支援に助けられ医療費は安い

週3回のヘルパーさん

週2回の訪問看護師さん

週1回の通院

役所には相談できる人がいる

障害者支援センターには担当者がいる

至れり尽くせりだ

ありがたいと感謝するのが普通だろう

親分は世俗を離れて、気楽に遊んで過ごせという

療養にはそれが良いのかもしれない

しかし、時として野心が顔を出す

復活とか、再起とか、一発逆転とか

これが世俗の誘惑だ

病状を考えろ

もう、一般世界に戻ることは考えるな

世界観を更新せよ

過去の世界は失われたのだ

新しい世界を生きよ

世俗の誘惑に引きずられるな

代表作は完成するのか?

調子がすぐれない。

6月にエビリファイのデポを注射してから錯乱状態になり、ときどき発狂するようになった。ただ、医者は正常だと言い、入院には至っていない。いまは、頭の中が空っぽだ。興味の対象がない。何もやることがない。瞑想は喘息が邪魔をする。喘息の治療もしなければいけないのだが、お金がない。

私は作家である。代表作は「笑顔の監獄」だ。日本の精神科医療と福祉の闇を抉る快作になる予定だ。予定ということは、まだ書けていないということだ。ダメじゃないか。

誰をも障害者にして安価な労働力市場を作るという政府の構想。それは現実のものだ。福祉という美名の下に蠢く利権。そして、その犠牲者たち。それを現実を踏まえた虚構で描く。

まだ、小説の的が分散している。書きたいことが散乱している。何が本線なのかが掴みにくい。恋愛あり、制度批判あり、陰謀あり。プロットから手を入れてみるか。

いま、4万6千字ほど書いている。マーケットに出すには最低でも10万字が必要だ。気力が。そして、一度は挫折したという記憶が邪魔をする。

主人公問題。以前にも指摘されたのだが、三人称小説において誰が主人公なのかが分からないと言われた。ちょっと小説を勉強しないといけない。作家だから。

「愚者の祈り」は、詩と思想新人賞に応募した。詩に関しては「ロバート劇場」という出版物もある。愚者の祈りか。継続は力なり。粘り腰で行こうか。

去年は「グダグダイズム宣言」を出したが、グダグダも楽ではない。そろそろ、新しい宣言の時期かもしれない。

「笑顔の監獄」。毎日100字でも良いので更新して行こうか。それにしても、どっぷりと精神病世界に浸かってしまったな。この作品を書き終えることで、脱出の糸口が見つかるかもしれない。そんな予感。

世界は幻である

構造構成主義などという難しい言葉を使う必要はない

貴方の見ている世界は、貴方だけの世界だ

私の世界も同じだ

私だけの世界だ

認識は無数にあり

空間と情報はシェアされたりもするが

一つの世界なる実体などどこにもない

あるのはただ、貴方の世界であり、私の世界だ

接続

世界とは接続の意思である

会話、接触、共同作業

しかし、どこまで行っても世界は幻だ

それが現実世界だ

天界はちがうらしいが、私は行ったことがない

自分だけの世界を楽しめれば、それを幸福という

世界平和を願ったところで、実体としての世界などない

世界には表と裏があるのよ、という名言

表と裏どころか、いわゆる世界など、どこにもないのだ