自我は仮想だから、それで

不思議な議論があるものだ。動物の自我は本能としての実態であり、人間の自我は言語を介在とした仮想だというのだ。動物に言語がないだって。それこそ想像力の欠如だろう。その証拠に、俺は犬だが日本語が出来る。あ、冗談だからね。

自我か。最近のエントリーで、この語彙が頻発しているな。傷ついた自我。不安定な自我。自我の再生。

この8年で、あまりにも大きく環境が変わった。この変化に、自我がついてこれないのだ。そろそろ安定させないといけない。

いまの自分でよしとできないかなあ。加納氏の言葉。刺さった。精神障害者として障害年金を受給し、就労継続支援B型に通い、月2000円の工賃をもらう。通院、訪問看護、ヘルパー。多くの社会的資源を利用して生活する。それで良いじゃないですか。

ふむ、薬の影響で、小説も、詩も、書けなくなった。仕方ないですよ。ボチボチ行きませんか。

いや、怯えているのだ。貧困への恐怖だ。渡されるお金は分かっている。それでも、管理がうまく行っていないのだ。ここをクリアすれば、精神的にはかなり安定すると思う。

念のため書き添えると、私は通帳と印鑑を社会福祉協議会に預けている。私の手元にくるのは、週9千円だけなのだ。元の口座には預金があるのだが、特別な理由がないと小口の口座に振り込んでもらえない。躁状態で金銭管理能力を失った経歴から、この体制になった。これも福祉である。

そうだな。再び小説や詩が書けるようになると世界が変わるだろうな。ああ、だから、いまのままで良いんじゃないですかって。刺さってますよ。

欲望。行き場を失った欲望。それは毒として自我を棄損するようだ。

まあ、何だな。自我は仮想だから意外なことに扱いやすいんだ。コーチングやカウンセリングのテクニックはそれなりに有効だね。

主治医は言うんだよ。安定が大事だってね。おいらはトランスポゾン人間なんだけど、それも賞味期限切れかな。

日日雑記か。今日は9時半に訪問看護師さんが来て、車でB型作業所に送ってもらった。それから1時間ほど作業。100円の昼食をいただいて早退。その後のことは省略だ。帰宅して、まったり。LINEのグル通もしたな。

明日も訪問看護で、そのあと移動支援。お好み焼きを食べに行く。いいだろ。

自我ね。ド派手な転落を知って欲しいというのは、どういう心理なのかな。同情を誘いたいんだろうね。あるいは馬鹿ねと笑われたいとか。

とにかく自我が不安定なのは拙いよ。弱気になって入院願望が出る。問題は不安定の理由だな。薬が怪しい。インヴェガを減らさないと。それだけじゃないけどね。きっと。

存在証明。承認欲求というよりも存在証明だな。だから講演なんて計画するんだ。溜まっているものを吐き出したいんだ。それは自我の安定に繋がると思う。過去をどう評価するのか。そこがブレていると拙いんだ。傷は癒さないといけないんだ。

たまには、こんな日日雑記も悪くないな。はい。ハイボール1本。終了。

 

今の自分で良しとする

一般社団法人さんでーかふぇの加納代表と電話で話をしていて、目から鱗が落ちた。

私は自我が安定せず、崩壊に近いときもあり、解離性障害のようでもあり、とにかく不安定だ。今日もストンと落ちた。

いろいろとお話していて「今の自分でよしとしたらいいじゃないですか」と言われ、ハッとした。脱出だとか、回復だとか、再起だとかでは、今の自分が可哀想だ。

よし、これで行こう。「今の自分で良いじゃないか」

過去との比較など百害あって一利なしだ。今の世界で良いじゃないか。

本格的に目が覚めたぞ。これから寝るのだが。

いや、加納さん、流石のアドバイスだと思います。ありがとうございました。

 

リカバリー・ビジョン

ふむ。どこかでリカバリーできていれば、いまのような転落は無かった。しかし、人生という大きな絵で、これからリカバリーを考えることは悪くない。脱・貧困。さすがに脱・障害は望みすぎか。しかし、可能性があるならば無視してはいけない。

ビジョンを持とう。3年後、5年後、10年後の。

おい、今日はどうしたんだ。飲み過ぎか。何かあったか。ちょっと気味が悪いか。

精神障害者で、就労継続支援B型に行くというのは、生活のリズム、体力作り、仲間との交流などが目的であって、経済的なものは小さい。

A型に行くと雇用契約になるが、労働時間の規制などがあり、経済的なものは小さい。

障害者就労となるとマッチング次第だが、給料は良くない。

勢い、クローズで一般就労して成功している人はいるが、ハイリスクだ。

そうなのだ。最高年収950万円だった私は、現実の経済感覚について行けていないのだ。さらに、労働の内容を考えると、就労はビジョンとなりえない。

「ベストセラーで一発逆転」今のところ、それ以外のビジョンはない。

じっくりと、PSWと相談しないといけない。出版、講演、セミナー。それも精神障害領域に特化することになりそうな、それではいけないような。

昔の主治医、S医師は、貴方のように贅沢をしてきた人に貧困は無理だ。生活保護は無理だ。働きなさい。追い詰められたらどんな仕事でも出来るでしょ、と言った。しかし、殺し屋や売人はやりたくないので、無茶を言う先生だなと思い、転院した。

一発逆転というのも軽率な表現だ。地道な活動を積み上げることに意味があるのだろう。

実はいま、自我が正常化して、4日目である。あと、361日は安定して欲しいと思う。私の病状のバロメーターは躁でも鬱でもなく、自我の正常度なのだ。5月はパニック。6月は解離。まだ少し落ち着いたという程度だ。

流されるだけで良いと思っていたが、入院にしろ、施設にしろ、あまり流されて行かない。

ここは一発、リカバリー・ビジョンを構築しよう。これは大変な作業だ。プロジェクトなのだ。私は元プロジェクト・マネージャーだ。私の土俵。問題は体調と日常生活。

まずは、スコープを作り共有すること。急ぐな。ゆっくりが良い。精神障害者世界に変革を起こすのだ。ああ、躁状態か?

 

 

精神障害者世界の現在

私は今まで、粗雑な考えをしていたことを反省しないといけない。

精神障害者精神障害者世界を生きるか、一般世界を生きるかの二者択一で考えていた。しかし、現実にはもっとうまい精神障害者世界の利用方があるようだ。日本の福祉は就労主義でいびつだが、最悪とは言えない。決められた枠組みの中で、高邁な理念を掲げ、理想を持って頑張っている事業者もある。もちろん、過半数は制度の要件を満たしたうえで利益が出れば良いという、福祉の根っ子を持たない事業者だろう。これを私は厚労省利権だと感じるが、証拠不十分なので、いや、闇が深いので手が出せない。私はジャーナリストではないのだ。

さて、具体的な話をしよう。障害者就労、障害者就労支援、障害者就労継続A型、障害者就労継続B型。各制度の詳細は、ハローワークか障害者就労センターなどで聞いて欲しい。私は経験談を話す。

私は50歳まで一部上場企業にいた。子会社で、システム・エンジニアやプロジェクト・マネージャーをやり、課長という立場だった。当時より能力は落ちているだろう。しかし、どこへ行けと言うのだ。就労支援など教える側だろう。A型は最低賃金であり勤労意欲が湧かない。B型は行った。体調を整えると言う名目で、2015年にI社と契約した。HTMLの自習という不思議な仕事だった。その後、小説を書くのが仕事になった。これは楽しかったのだが、躁転してパーになった。2016年にI社をやめた。

B型の多くは軽作業である。私には向かないと思っていたが、2019年7月P社と契約した。理由は成り行きとしか言いようがない。精神障害者世界に浸っていた私に波が来たのだ。まあ、居心地のいい場所で、1年間体調を調整できれば、というのが今の思いである。工賃は少ない。しかし、昼食は100円だ。こういうところまで制度化してあるのが日本の福祉だ。いろいろな世界があるのだ。

就労以外で機能しているのは、地域活動支援センター(通称、地活)だろう。障害者の数%の利用者のために、それなりに大きな予算が社会保障費から助成金として支給される。ここは、それぞれに特色があるが、概ね1ケ月のプログラムが決まっていて、OT(作業療法)のようなことをやる。しかし、それは表面で、裏面は利用者のサロンである。お金は、ほとんどかからない。地活に馴染めた人は運が良いと言えると思う。

まあ、書きだすときりがないのだが、障害者は従順になることなく、主体的に制度を利用するべきだろう。無理をしてはいけない。面白くなければ辞めればいいのだ。

この辺りの世界のことについては、ひどい話をたくさん聞く。ある意味で、障害者就労関連の経済システムは、日本経済の恥部と言えるかもしれない。

障害者を安価な労働力とする考え方は根強い。しかし、冒頭に書いたように、福祉を真剣に考えて頑張っている事業者もある。それは、障害者自身が選別するしかない。押し付けは拒否しよう。主体性を発揮しよう。目的を明確にしよう。

障害者だけが集まって暮らすというのも悪くない。しかし、障害者でも一般世界で暮らしている人がいる。どちらがいいとは言わない。自分らしさが発揮できているかどうかが問題だ。

これから、制度がどう変わるかはわからない。良いネットワークを持とう。それが、最高のセーフティーネットになるのだから。