私が歩けなくなった理由

退院して2日目。火曜日から歩けなくなった。

歩けないと言っても、一歩も歩けないわけではない。15歩くらいは歩ける。そして、しゃがみこんで5分休憩。また、15歩くらい歩く。普段は5分で行けるコンビニに、30分かかる。

水曜日、たまらず整形外科に行った。いろいろと足を動かされ、検査された。そして言われた。

「歩行器を使いなさい」

その時は、ハイそうですかと思ったが、だんだんと、その不便さにい気が付いた。段差がダメ。バスがダメ。要は、手の力で足の力不足をカバーするということだ。

歩けない。膝に力が入らない。腰が痛くなる。息切れがする。絶望的だ。

原因ははっきりしている。リボトリールという抗不安剤を飲んで、ハイボールを飲んだからだ。副作用が増幅されたのだ。

この現象は初めてではない。学習能力がないのだ。

回復するのか、しないのかも不明だ。ただ、回復したとしても、リスクを抱えていることは間違いない。

歩行器の手配は、すでに始めている。覚悟は出来ている。歩けない、とは少しちがうかもしれない。

来週の水曜日に再度、整形外科に行く。回復の可能性や、リハビリについて聞いてみる。

それにしても、精神科の薬は怖い。私が歩けなくなった理由。それは、アルコールではなく薬だった。

 

都市が象徴でなくなる時

こんにちは。久しぶりの次世代文明研究です。

歴史学によれば、文明の誕生は都市の誕生とイコールです。地理学的にも、そう言えます。今もそうです。都市は文明の象徴であるとともに、生活の機能そのものです。

しかし、21世紀という新たな千年期は、この常識を覆そうとしているように見えます。

富裕層は地理的な制約から解放され、世界中の富裕層とオンラインで結ばれています。富裕層だけではありません。デジタルネイティブは世界中にネットワークを拡げ、自分は家に引きこもっています。

批評家の宇野常寛氏は数年前に、リアルで会うのはイベントの時だけだと喝破していました。日常はオンラインなのです。

今回のコロナ禍で、この流れは加速するでしょう。在宅ワークが主流になり、誰も会社に行かなくなります。あ、誇張表現ですよ。

都市は美しい。都市が懐かしい。都市は。そう、遺跡のようなものになってしまうのです。

富裕層はリゾート地を好むでしょう。そして、定住することなく、世界のリゾート地を転々とするのです。そんな時代が既に来ています。

次世代文明と格差社会。大きなテーマですね。都市が過去のものとなろうとしている。面白いことになりそうです。

 

大嘘つき

何が3ケ月の入院だ。もう退院したぞ。入院期間は4日だ。

金曜日、訪問看護師の車で山の上のアルコール依存症専門の精神病院に行った。母も同行した。入院した。

禁断症状を緩和するケアをすると書類には書いてある。しかし、頓服ではケアできなかった。今日の朝、医師の診察を受け、退院することとなった。

90日の予定が4日。俺は裏切り者扱いされ、大恥をかいた。

金、土、日。悩みに悩んだ。

結論は禁断症状で発狂するよりも、野垂れ死んだ方が良い、ということだった。

送ってくれた訪問看護師は電話で「入院はきついでしょ」と笑っていた。

アルコール依存はたいしたことはない。食事をしていないのが問題だ。統合失調感情障害は、いまは抑うつがあるだけだ。

それにしても、私は今、アルコール依存症なのだろうか。統合失調感情障害なのだろうか。それが、大嘘なのではないだろうか。

赤裸々を売り物にしてきた白井京月。大嘘つきと言われてはたまらない。

すべての責任は精神科医療にある。そういうことにしておこう。

欲望から節度へ

20世紀。それは、貧困と戦争の時代だった。狂騒の時代だった。欲望の時代だった。

しかし、21世紀のコロナ禍で空気は変わった。これからは、節度の時代になる。

人類の精神病的万能感は消えるだろう。地球の支配者だという思い上がりも消えるだろう。良いことだと思う。

私も名誉欲を追いかけるのはやめて、生活に節度を持たせようと思う。具体的には、あるコール依存からの脱却だ。そのために、明日から入院する。予定は3ケ月だ。その間、このブログは休止する。

ちょっと弱気になっていますが、必ず帰って来ます。その時は、また、よろしくお願いします。ありがとうございました。