ある愚者の生涯

旧:次世代文明研究所別館

ハイボールと還暦の私

いよいよ、本格的に還暦になった。誕生日を迎えたのだ。そして、朝からハイボール。朝ハイである。

思えば、2018年から、ハイボールに泣かされた。アルコール依存症と言われ、シアナマイドまで飲まされた。2019年、転院。2020年、入院。それでも、ハイボールの日々。いまでは食欲もなくなり、ハイボールは主食になった。

還暦か。普通なら過去の思い出から感慨に耽るのだろうが、私の思い出は消えかけている。認知症が始まっているのかもしれない。

60年を生きた。黄金の40代があった。挫折と転落の50代があった。脳裏をよぎった生活保護は現実になった。それから3年。私の友はハイボールになった。

屈辱。そんな気持ちすら無い。それよりも、精神障害者の道を選択した、51歳の時が問題だ。いや、それ以前に、50歳の時の事件が問題だ。もしも。もしも。もしも。

ひとまわり、12年。0-11歳。順風満帆。12-23歳。激動。24-35歳。上昇。36-47歳。黄金。48ー59歳。転落。

すべての干支を経て、新たな世界に入る。還暦とは、ゼロに還ること。

出直し、あるいは再出発。

 

死を想う

去年の6月、内科医と次のような会話があった。

「余命1年くらいですかね」

「それくらいかな」

内科医が正しいとすれば、今年の6月には死ぬはずだ。ずれても、年内には死ぬだろう。それなのに、いまさら入院。日常生活不能だから。酒もタバコも無くなって、本当に大丈夫か。発狂しないか。やはり入院は、やめておこうか。リスクが高過ぎる。

死を前に、思い出も消えていく。どう死ぬのか。関心はそこにしか無い。いや、もう半分死んでいるのだ。

身体が動かない。排泄管理ができない。食事をしない。何も考えない。

ある愚者の生涯は、幕を閉じようとしている。

入院が決まって

入院が決まって、気分は単純だ。何もない。それに尽きる。精神科医療保護入院。相続。確定申告。施設入居。道は見えている。それが生きる術の全て。生きるとは。そんなことを考えなくなること。今日は昼にレタスサンドを食べただけ。夕食は未定。今日の相続人会議は有益だったのだろう。公正証書が出てきた。弟は丸刈りだった。飲食代は弟が3人分すべて払った。私にはガイドヘルプがついていた。紙おむつを買った。セブンイレブンに行った。脈絡がないな。何が書きたいんだ。入院か。入院までか。そうなのだ、ヘルパーとしては私の重症化が嬉しいのだ。入院は困るのだ。訪問看護師は施設まで来れるだろうか。一人暮らしに戻れると言ってくれたが、見方はいろいろだ。

今のマンションは気に入っている。7階建ての4階。オートロック。ロケーションがいい。部屋のレイアウトもバッチリだ。エアコンも照明もお気に入りだ。もちろん、リモコンである。

洋服がない。あるけれど更衣できない。ズボンはジャージ以外だめ。ボタンのある洋服はダメ。Tシャツ。ロンT。セーター。寝ても起きても何日も。当然、臭い。

風呂はあるけれど入るなと言われている。ヘルパーの身体介助以外ダメだと。立ち上がれなくなって、死亡する可能性があるから。

そんな最近の俺。マネージャーから見放された俺。入院が決まった俺。何もない俺。

決断の条件

調子は最悪だ。

1.身体が動かない

2.便失禁がとまらない

3.食欲がない

4.ハイボール(1日6本)が減らない

外野は入院を勧める。母親までもだ。入院については、以下のパターンがある。

a.内科入院

b.精神科入院(医療保護)

c.入院はしない

ハイボールが切れると、精神がおかしくなる気がするのだ。運命の通院日は明日。さあ、どうする。

会田雄次氏は「決断の条件」という本の中で、どう書いていたか。思い出せない。本は自己破産時に整理して手許にない。困った。

生きる目的はあるか。ない。

生きる意味はあるか。ない。

緩慢な自殺の苦しさが分かったか。はい。

初志貫徹。それがいいだろう。

意味? それは書かぬが華だ。