白井京月の研究室

経済学・社会学・政治学

宇宙人会議2013(11.出発)

11.出発

 午後6時。緑に飾られた壇上には、28人の宇宙船乗り組みメンバーが、記念撮影でもするかのように椅子に座っている。ヒロは会場に目をやった。ミカがいる。ケリー夫妻とマルゴーがいる。ざわめく場内。ヒロは自分の意識をマイクロ蝶に移植したらどうなるのか、どんな身体感覚を持つのか、そんなことを夢想していた。

 時間ちょうどに、ブタマルを先頭とするピルシキ星人がやってきた。会場にどよめきが起こる。やがて、そのどよめきは拍手に変わった。

「やあ。どうも。答は出たかい」

 宇宙服を着たブタマルが声を出した。

「決めましたよ」

 サルゴン元議長が低く渋い声で言う。

「ここにいる二十八人が宇宙船に乗ります。乗せていただけるのですね」

「ああ、約束だからね。でも、28人か」

 ブタマルはそう言うと、後ろにいるキートと何やらピルシキ語らしい言葉で話始めた。二人の話が終わると、ブタマルは言った。

「28人なら、ヤマコス星人マイクロ蝶の身体を借りなくても良いよ。その身体のまま宇宙に行こう。ただ、1台じゃ乗れないから、2台の分乗だ。それでもいいかな? それから、ヴェーダさんの頭の上にいる妖精ちゃんも一緒で良いの?」

 会場がざわめいた。ミカと同じように、誰もが意識のクローンを作るのだと思っていた。身体ごと宇宙に行くというのなら、その人は地球にいなくなるということだ。しかも、いなくなる28人の中にはサルゴン元議長が含まれる。これはそのまま、地球上の権力の構図の変化を意味する。

 ミカは謀られたと思った。同じように感じた人も少なくなかっただろう。だから会場がざわめいているのだ。

「異存は無いですな?」

 サルゴン元議長は壇上の27人に対して、そう言った。


 ヒロは周りを見た。誰も何も言おうとしない。本当にそれで良いのだろうか。今日が地球での別れの日になって良いのだろうか。準備は出来ているのか。やり残したことはないのか。

「一つ良いですか?」

 ヒロは勇気をふりしぼって言った。

「なに?」

 ブタマルは感情を表さずに言う。

「宇宙の旅は、どれくらいの期間になるのでしょう?」

「前にも言ったけど、研修に3ケ月だね。後は、宇宙船を2台貸してあげるから、好きにしたら良いよ。でも、貸してあげるだけだから、返してくれなきゃダメだよ。貸出期限はないよ。百万年でも、別に良いよ。確か、君たちの言葉にも恩という言葉があったよね。まあ、そういうことだよ」

「宇宙船は2台同時返却でなくても良いのですね」

「そうだね。1台ずつでも良いよ」

 ブタマルは簡単にそう言った。

「ところで、僕たちからもお願いがあるんだ」

 ブタマルはそう言うと、サルゴン元議長の方を見た。

「何だろう」

「僕たちも、この宇宙人会議のメンバーにしてもらえないか?」

「それについてはだ・・・」

 サルゴン元議長はそう言うとため息をついた。

「私はもう議長ではないのだ。今の議長は、ホノニニギ博士だ。博士、いかがですか?」

 会場の一番後ろに座っていたホノニニギ博士は、急に自分の名前が出て驚いた。あわてて返事をすると、走ってサルゴン前議長の方へ向かった。

「はい。ピルシキ星人様3名。ブタマル様、キート様、あとお名前は」

 ホノニニギ博士はホテルのフロントのようにそう言った。会場に笑いが起こった。

「ウサギヤです」

 女性の声だった。

「皆さん、宇宙人会議にピルシキ星人が参加してくださいました。拍手をお願いします」

 ホノニニギ博士はそう言うと、自らも両手を頭の上に掲げて拍手した。戸惑うような不思議な拍手が大きな音を立てた。サルゴン元議長は大きく頷いた。

「じゃあ、出発だね」

 ブタマルは当然の如くそう言った。

「待ってくれ、今すぐ出発なのか?」

 サルゴン元議長が驚いたように言った。

「そうだよ。そう言ってなかったかな」

 ブタマルは不思議そうに語尾を上げた。

「私達には儀式という文化があるんだ。送る側と、送られる側が、何かそのメッセージを交換するというような、そういう時間をもらえないだろうか」

 サルゴン元議長は少しあわてて、そう言った。

「そんな時間なら、僕たちが来る前にいくらでもあったじゃないか。まあ、10分くらいなら待ってあげるよ」

 ブタマルは少し不快感のある声で言った。

「握手だ。握手で見送って欲しい」

サルゴン議長は壇上から大声で言った。舞台前に多くの人が駆け寄り、宇宙船に乗るメンバーと握手している。ヒロは一人、壇上で椅子に座っている。ミカも会場の椅子に座ったままだ。

「行ってくるね」

「元気でね」

 ヒロとミカは意識で通信した。

 約束の10分が終わると、28人はピルシキ星人と共に宇宙船でできたビルへと向かった。会場の拍手は鳴りやまなかった。