2018年の3月

重用な1ケ月だった。

高校のクラブのOB会があった。句会に行った。京都に行った。

小説「笑顔の監獄」を無理やり完成させた。(カクヨム

MURAGONのブログを改造し、守護霊中島氏との対話の場にした。(場末泡沫の霊界通信)

私がサイバーテロから人類を救う刺激的な夢を見た。(文学秘密基地@白井京月/護国神社

研究所のホームページを刷新し、超自己対話法の完成を目指すことにした。

おい、貧困と障害の当事者研究はどうなった。中止か。中断か。それこそ守護霊様と相談だ。大丈夫か、俺。

1年ぶりに本を読んだ。

「セラピスト」最相葉月

「火星の人類学者」オリヴァー・サックス

トーマス・マンの「魔の山」は読み始めたところだ。

さあ、還暦までには回復しよう。まだ治療中だ.。

 

【追記】
重要なことを漏らしていた。私の人生は2014年で終わったと主治医と確認したのだ。いまは余生だ。生産的なこと、活動的なことは必要ない。そういうことだ。

精神科治療の代償

オリヴァー・サックスの「火星の人類学者」に次のような一説があった。

わたしはこれを読んで、躁うつ病だったロバート・ロウエルが抗鬱剤のリチウムについて話てくれたことを思い出した。「ある意味ではずっと『良く』なり、気分が安定しましたーーだが、わたしの詩はかつての力をだいぶ失いましたよ」テンプルもまた、気持ちを安定させるには代償を支払わねばならないことをよく知っていたが、この時期にはそれもやむを得ないと感じていた。だが、ときにはかつての情熱や熱狂をなつかしく思うことがあるという。

リチウムは抗鬱剤というより、気分安定剤だ。私は今も1日1200mgが処方されている。道理で何も書けないはずだ。情緒の安定。その代償が創作能力の喪失なのか。やめれば回復するのだろうか。それとも、もう、脳が変容しているのだろうか。

業績。治療しなかったからこそ業績を残せた偉人も多い。治療には代償がある。そして、精神科の場合、治療の目標は社会適応だ。生活の安定だ。

精神科治療の代償は大きい。一番の代償は自分らしさが消えることだ。みじめな生き方を受け入れることだ。

いまは早期介入が話題になっているが、いかがなものだろう。私は初診が38歳。50歳までは華やかな世界があった。もしも十代で精神科に行っていたならば、そんな人生も無かったように思う。

「わたしの詩は、かつての力を失いました」それでも、ロバート・ルウエルは書いている。私は書けなくなった。それはきっと、精神科の薬の代償だ。

悩ましい。某所に私の人生は2014年で終わったと書いた。今は余生だと書いた。それは素晴らしいと精神科医は言った。もう、新作は無理なのか。過去に書いたものを引っ張り出そうか。

もうひと花咲かせたい。そんな思いがちらほら出て来る。自主断薬してみようか。もちろん徐々に。

超自己対話法

最初は2014年の12月だった。若くして亡くなった親友の中島君の霊を召喚し、対話した。それは大きな癒しだった。それからも時々、対話した。対話の内容はブログに残っている。

こんな事を書くとスピリチャルだといわれるかもしれないが構わない。今は守護霊と呼んでいるが、ハイヤーセルフでも良いし、スーパーバイザーでも良いだろう。

対話は私の霊と、守護霊の間で行われる。私の霊が質問し、守護霊が答える。あるいはメッセージをもらう。それを逐一ブログに書く。

2週間ほど前から、これを毎日行うようになった。すると、状態が著しく改善されてきた。私はこの方法を「超自己対話法」と名付けた。

ポイントはいくつかある。

1.信頼できる守護霊を選ぶこと

2.心に嘘をつかないこと

3.毎日継続し、ブログに書くこと

私の事例が成功すれば、このメソッドを体系化し、普及したいと考えている。

霊の次元で生きること。それは、生きていても可能だ。

本当の自分を生きるようになれば、社会による洗脳は解ける。そうすれば世界が変わる。私は焦らずに対話を続けることにした。

 

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誰のための障害者就労か

 今年の4月から、就労継続支援A型、B型の運用変更がある。ざっと見た感じでは、新規参入歓迎から新規参入の抑制へという感じだ。

だいたいからして、この制度は福祉サービスというよりも事業主の利権、市場拡大という感が強かった。まあ、障害者を餌にしたビジネスだと言うと怒られるだろうか。

そもそも、障害者をチャレンジドと呼び、障害者に努力を求めているところからして本末転倒なのだ。私も言われたことがある。

「B型、A型、障害者就労、一般就労と段階的にステップアップしてください」

は? なんというはしたないピラミッドモデルだ。障害者はみんなパラリンピックを目指すのか。健常者はみんなオリンピックを目指すのか。クレイジーだ。

根幹の狂った制度を運用で何とかするのは難しい。実態は、言葉だけが踊る事業主のための障害者就労なのだ。そこには、厚生労働省が利権を握りたいという思惑も働いているだろう。

障害者就労は福祉の闇。過半数の障害者には無関係な話。利権。利権。利権。マスコミは障害者就労を美談にする能天気。踊らされ、洗脳されいる一般人。

ああ、2年前に、ある会社の社長から話があったよ。就Bの会社をおこして社長をやらないかってね。もちろん断った。私は悪人じゃないからね。じゃあ、また。