障害者を自立と就労にかきたてる愚

障害にもいろいろある。障害者の価値観も多様だ。しかし、それらの多様性を無視して、福祉の制度設計が行われているように思う。まず、評判の悪い自立支援について斬ろう。ここでいう自立の根っ子は、どんな支援を受けてもよいので、一人暮らしをして地域で生きて行きましょうということだ。自立支援とは、そのサポートでヘルパーさんなりを入れたりすること。医療費の自立支援は、病院と薬局を登録することで、患者の医療費を安く抑え。自立支援の費用として勘定を別にし、ほらこんなに政府は自立支援をしてますよという、プロパガンダのためにある。

そもそも、自立がそんなに素晴らしいだろうか。家族と暮らしたり、施設で暮らす方が気楽で快適なのではないだろうか。こんな骨格の部分に、しみったれた個人的信条である「自立」を持ってきたのがおかしい。

大事なのは、QOL(生活の質)である。盲目的に自立を目指すことは良くない。

厄介なのが就労だ。障害者の就労を称揚し、いろいろな制度が出来ているが、要は障害者を餌にした巨大ビジネス。それも巨大助成金ビジネスを作ったにすぎない。誰のためのビジネスなのか。それは障害者ビジネスをやる人、事業主んためであり、真に障害者のためになっているビジネスは少ない。

精神障害者で見ると、就労率は数%である。数%のために、莫大な助成金をばらまくというのは、社会保障費の配分としてあまりに歪だ。

自立も就労も一般世界の価値観に染まっている。自立は必要だ。就労は素晴らしい。努力して、向上し、成長しよう。そして、喜びを分かち合おう。

しかし、私は障害者の努力を一般世界の土俵で考えるべきではないと思う。

障害者世界には障害者世界の文脈がある。一般世界の底辺として扱われている現状は人権問題だ。これは大きなテーマだ。これからも、思うところを書いて行こう。