文化の冬の時代に

昭和は、いや日本古来の性に鷹揚な文化は遠い昔のことになってしまった。

「結婚していますか」と聞くことが、セクハラとされたり、個人情報ですのでお答できません、という話になる。これでは、マトモな会話は成立しない。

プライバシーという概念の背後にある、表と裏すらも消えてしまった。平成。本当に文化の冬の時代だったと思う。そして、それが政治的に作られたものであった、とも。

本音と建前というのは西欧のスタイルである。明治時代に個人主義を輸入した時、日本人の性来の国民性は否定されてしまったのだ。それが究極の浅薄さに至ったのが平成ではなかったか。

昭和36年生まれの私は、男女が二人でカラオケに行けばOKのサインだと理解していたし、ましてや男の部屋に一人で来るとなると、それは当然のことであり、むしろ何もしないのは失礼だと思っていた。

それが今ではどうだ。俺はただのセクハラおやじ扱いだ。

ふん。まあ、よくわかったよ。セフレが欲しいなどという下劣とされることは言わないでおこう。まずは、カラオケ友達から、徐々に愛を育てるのが定番だそうなので、それに従おう。

しかし、これは従順なのではない。平成という文化なき時代への軽蔑の賜物なのだ。訳のわからないグローバルスタンダードを真に受ける国民。多分、教育のそして政治の失敗だろう。ただし、為政者はそれを成功と考えていることだろう。

まあ、待とう。世界の現実が明らかになれば、国民も目覚めるだろう。良いよ。俺は社会の外部で。深い軽蔑を持って、従順に生きるから。