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Energy flow

黒崎玄太郎研究所

日本はブルーオーシャン国家を目指せ

次世代文明研究所

ブルーオーシャン国家とは何か

有名な経営戦略の一つにブルーオーシャン戦略がある。この戦略は、独自の市場を発見、創造するとともに、競合が参入できない状況を作るというものだ。現在の日本は、未だに経済大国、技術立国に未練を持っている。さらには国際政治でリーダーシップを発揮するという、ありえない妄想まで持っているようだ。もっとも「クール・ジャパン」では日本の現代文化が持つ独自性のコンテンツやインフラを海外に展開しようともしている。それは善いことだ良いことだとは思うが、その目的が産業主義や繁栄というのでは、もはや消え去ろうとしている過去のパラダイムと何の変りもない。

私が提唱するブルーオーシャン国家とは、政治、経済、文化、社会、生活のすべてにおいて、日本独自の魅力あるスタイルを確立することだ。それはある意味では反グローバル化であり、文化的多元主義でもある。そして長い歴史と伝統を持つ日本独自の文化への誇りと、新しい日本の文化への期待だ。

現在の日本は、少子高齢化と人口減少という問題で先進国のトップを走っている。さらには事実上のゼロ金利=ゼロ利潤という資本主義末期に一番近い国だ。昔とは完全に環境が変化しているのに、過去の理論を参考に過去と同じ目標で政策を立案・実行している現状は、とても悲しい。はっきり言って、あまりにも知恵がない。

 

■政治と経済

グローバル化新自由主義の流れのTPPがあると認識している人もいるようだが、これは大きな間違いだ。TPPは巨大な経済のブロック化であるとともに、新たな連合国の誕生であり、その主体は国家ではなく巨大国際企業だと知るべきだろう。アメリカの政治は完全に資本の配下にある。ヨーロッパも似たようなものだ。政治学的に言えば、国家の形態が大きく変わりつつあるということだ。もっとも私はTPPに反対だとは言わない。こういう問題には、当然ながら力関係というものがある。真相が報道されるはずもない。国民が何を言おうが、これはもう政府の専担事項として見守る以外ない。

アベノミクスについては何度も批判しているので繰り返さない。他には集団的自衛権だとか、憲法解釈、改憲などの議論も盛んなようだが、前者については、報道されないだけでアジア情勢に重大な問題があるということかもしれない。情報もないのに意見を言うというのもおかしな話だ。情報を出して欲しいくらいは言えるが、出てくるはずもない。もっともマスコミは報道しないだけで膨大な情報を持っている。そういう関係者なら真相を知っているかもしれないが、口にすることはまずないだろう。

私が懸念しているのは、右傾化と自民党改憲案にある自由の制限の方だ。右傾化というのは、第二次世界大戦における敗戦に大きな屈辱を感じている、当時の政治の中枢にいた人の怨嗟によるものだろう。そういう人たちが改憲を主張しているし、中にはもう一度戦争をしたいと考えている人もいる。彼らは民族意識に火をつけることで若い世代からも一定の支持を集めている。これは極めて危険な動きだと言えよう。

また、自由を制限するような時代に逆行した改憲が万が一にでも行われたならば、日本が世界各国からバッシングを受けることは明らかだ。

この問題は、いまの日本の混迷とビジョン不在の証左だろう。いや、それがビジョンだと言われるかもしれないが、そうであるならば、時代性、国際性からかけ離れた非現実的かつ最悪のビジョンだと言うしかあるまい。

 

■文化と社会

日本には独自の感性、美意識、価値観、倫理観といったものが伝統としてある。それは外国の人が驚嘆するほどのレベルの高いもの、あるいは異次元のものかもしれない。日本は一度も植民地になったことのない国だ。もっとも戦後から現在の日本は事実上アメリカの植民地だと言う人もいるが、少なくとも形式上は立派な国連加盟国だ。体裁や形式を軽く見てはいけない。

ブルーオーシャン国家では、経済的にはそこそこの先進国で満足することが望ましい。経済成長などという実現不可能な目標よりも、セーフティネットの整備や、相対的貧困率の削減を目標にした方が良い。

幸福や豊かさを経済という次元だけで測るのではなく、生活における満足感や、文化的な、あるいは知的な満足感を重視することになる。どれを優先するかは個人の自由ということだ。また、瓦解しつつある家族制度や地域コミュニティの修復や、あるいは新しい第一次集団の誕生も考えられる。若者のシェアハウスなどは、その一例だ。

インターネット、SNS、スマートフォンなどの技術革新は完全に生活を一変させたところがある。現在の20代のいわゆるソーシャルネィティブのコミュニケーションや情報の処理と活用、さらには学習方法や思考回路は、私から見ると異次元のものだ。真似をすることもできないし、しようとも、したいとも思わない。新しい文化、新しい生活は、新しい世代が作って行く。古い人間が口を出すことではないだろう。

 

ブルーオーシャン国家を実現するには

言うまでもなく、若い世代の意識は大きく変化している。高度成長期やバブル期のように、大企業や公務員になることの魅力が薄れている。実際に予想生涯賃金は激減し労働内容、労働環境は悪くなっている。もちろん例外もあるし、未だに過去の意識で就活に励む学生が多いのも事実だ。しかし、私の知る範囲では優秀な人材は就職をしないか、一流企業に就職しても数年でやめる。そういう人の多くは起業するか、フリーランスノマド)になるか、ニートになるか、まあいろいろだ。もっとも親の経済格差や環境、能力など人それぞれに状況が違うので、簡単に何が良いなどと言うことはできるはずもない。

今の若者には仕事がない。少なくともマトモな仕事が少ない。新卒で就職しても、3年以内に半分近くの人が辞めて行く。ニート(35歳以下)は70万人といわれているが、捕捉率を考えると実態はこれより多いだろう。ニート問題については、いろいろと調査し、また書いてきたが、一番の問題は学校や職場といった居場所がないことだ。ここは一つ高齢者には働いていただくことにして、その分の社会保障費を若者に回したらどうだろうか。もちろんブラック企業はどんどん潰す。ワーキングプアなど国家の恥だ。失業保険や生活保護でも良いが、若者のための新しい福祉的制度が必要なのではないか。たとえば、一定の条件付での国民年金の免除など、方策はいくらでもある。財源も絶対にある。

一番いけないのは過去の日本を美化して、過去に戻そうとする動きだろう。人間というものは、歳をとるごとに「昔は良かった」と言い始める。これはいつの時代も同じことだ。そんな言葉を真に受けてはいけない。どんなに時代が変わっても、本物の文化は生き残るものだ。

 

■労働力・少子化・高齢化

生産年齢人口がどんどんと減っている。なお、生産年齢とは15歳以上65歳未満のことだ。高齢化は今後20年加速度的に進む。最近の老人は元気だなどと言う人もいるが、要介護人口は450万人だ。これも加速度的に増えることは簡単に予測がつく。

人口が減ると経済成長ができなくなるので、少子化対策は推進され、移民受け入れも議論されている。しかし、なぜ経済成長が必要なのか、経済成長できないとどういう問題が起こるのかを考えて欲しい。そもそも明治初期の日本の人口は約3500万人、鎌倉時代は約500万人と推定されている。人口の減少は年齢構成にもよるが大きな問題ではない。極端に言えば、現代の企業は需要の拡大と安価な労働力を求めている。しかし、人口が減る中で内需は増えるはずもない。市場経済における企業の健全性は、赤字になれば倒産して無くなることにある。政府からの支援で生き延びるなどというのは国家社会主義政策のようなものだし、安い人件費を働かせるというのも国際的に言えば非人道的なのだ。要するに、日本は産業構造、経済構造を抜本的に変える必要があるのであって、少子高齢化も人口減少も、その絶好の機会と言えるだろう。現状維持や成長や拡大という発想が間違っているだけの話だ。

 

ブルーオーシャン国家への移行

ブルーオーシャン国家への移行は、政権交替によって一気に実現するような性質のものではない。急速な環境変化と技術革新、そして若者の持つパワー、知恵、意識といったものが具現化する中で徐々に世の中が変わって行く。政治は高齢者が多数派であるうちは大きく動くとは考えにくい。しかし、20年後、30年後には、現在の高齢者の多くはいなくなる。(もっとも新しく高齢者になる人が多いので、高齢者比率は高くなるが、現在の高齢者の意識や価値観とは大きく異なることだろう)

後は、このブルーオーシャン国家というビジョンを理解する人、賛同する人がどこまで増えるかというだけの問題だ。

もっとも、これが一番大きな問題でもある。なにしろ、既存の利権ネットワーク企業やマスコミは取り上げないと思われるので、リーチが小さすぎる。

炎上マーケティングしかないですよ」

そんな声も聞こえてくるが・・・。(笑)