白井京月の研究室

経済学・社会学・政治学

瞑想ができなくなった

瞑想家としては、とても書きにくいことなのだが、最近は無我・無想の瞑想ができない。邪念に包まれているかのようだ。

 

未だに「成功」などという死語について熱く語る奴を見て、うんざりした。

 

そんなことは、どうでも良い。また、次世代文明について考えてしまう。人口の7割が勤労に従事しなければいけなかった時代も、文明の進歩と共に、その必要性が、6割、5割、4割、3割と減るのではないのか。そうなると問題は雇用以外でお金をどう分配するのかという分配の問題になる。

 

そんなことも、どうでも良い。問題は真我だ。今日はKH氏について真我についての話を聞いた。

 

KH氏は真我の体験者だ。真我には時間がないという。真我は永遠だという。身体は私ではないという。すべての自我は私ではないのだという。私は在る。ただそれに気づくだけ。

 

特別なことではないとも、KH氏は言っていた。修行すれば3割は真我に到達するだろうと。

 

とりあえず、近況報告を兼ねて書いてみた。瞑想が復活することを願って。